December 18, 2008
Královna Alice #8
(私家版「鏡の国のアリス」)
第8章: ファントムワイズ
「自分がほんものじゃないことくらい、よくわかってるんだろ」とトゥィードルダム。
「あたし、ほんものだもの!」
「泣いたって、ほんものになれるわけじゃないし。泣くことないだろ」とトゥィードルディー。
「もしあたしがほんものじゃないのなら――」
沈黙した廃工場の中を、アリツェは歩いていきました。けれども、黒猫の姿はもうどこにもありませんでした。同様に、先ほどまで後ろを歩いていた、《生き残った9人の男たち》も、どこかへ消えてしまいました。ただただ、アリツェの靴音だけが、工場の中に響いていました。歩みを止めたら、自分の鼓動と呼吸を残して、何もかもが消えてなくなってしまうような気がしました。
「ねえ、子ネコちゃん」と、アリツェは今はもういない子猫に呼びかけました。「時間を逆回しに生きたり、自分の発明したコトバでだけ話したり、誕生日でない日のプレゼントを年に364日ももらっている人がいたわ。その人は言うの。『いない黒猫はいるんだ』って。それはきっとほんとうのこと。でもね、あたしはそんな生き方はごめんなの。あたしは前に進まなくちゃいけないの。アンタを見つけて、《生き残った9人の男たち》を見つけて、工場を出て、塔へとたどりつくために、ただただ前に進むしかないの。せめて、ふしぎな力がアンタと私を引き寄せてくれたらいいなって、そう願うだけ……」
突然、アリツェの前に、明るい早朝の陽が差し込みました。廃工場の出口でした。そこには、庭へと抜ける大きな門がありました。アリツェは門に駈け寄りました。けれども、門は固く閉ざされていて、ちっとも動く気がしませんでした。
そのときアリツェは、首からずっと下げていた鍵を、いつのまにか失くしてしまったことに、はじめて気づいたのです。
Category: アリツェあるいはアナイス(アナイス), Královna Alice (私家版「鏡の国のアリス」)